ベイベー

たいへんなベビーラッシュである。

2013年、わりと親しい友人たちのうち、4人がこどもを産んだ。

あと11月にも1人生まれる予定。

そして今日また別の友人から妊娠の連絡!

おかげですこし妊娠と出産にくわしくなった。

女でも知らないことばかりでびっくりする。

彼女たちのパートナーたちのあたふた具合がおもしろい。

私の友人たちの伴侶選びの目が確かなのか、夫たちは出産した妻を尊敬のまなざしでみているらしい。

陣痛のあいだ付き添いながら、まだ産まれていないのになぜか夫が泣き出したと2人の友人が証言していた(笑)。

妻がかわいそうすぎで、でもなにもしてあげられなくて泣くらしい。

こんな話を聞くととてもしあわせな気分になる。

きっと、私の友人たちは非常に恵まれているのだろう。

 

世の女性たちが、皆しあわせに出産できればいい。

聖なるよこしま

もの想ふ秋。

性についていろいろ考える。

 

 

女ってやっぱり妊娠するよね、当たり前だけれど。

 

フィリップ・トルシエ 「工場の機械のような日本のセックス」 | 「不思議の国のエロティシズム」オール讀物より | 著者インタビュー - 本の話WEB

 

お前らが「処女とっとけ」って言うからさ

 

 

 

ブックマークではこのへんが話題になってましたね。

おフランスさいこう!ってわけではないけど、たしかに日本の性的な関係性はなかなか貧弱な雰囲気。

心の結びつきを大切にする人はたくさんいるし、体の関係を重要に思っている人もたくさんいるけど、ひとりの対象に対して両方バランスよく持ててる人ってあまりいないんじゃないかと感じる。

それがセックスレスになる一因じゃないかと。

大切な人だけど、家族になって、性の対象として見れなくなったとかいうよね。

 

なんか、セックスに対してクールな人が多い気がする、日本人。

性は性で処理して、愛は愛で処理する、みたいな。

距離感を感じる。

官能を研ぎ澄ませている人間から「女ってやっぱり妊娠するよね」って言葉、絶対出てこないと思うんだよね。

それはやっぱり肌と肌の触れ合いの欠如のせいじゃないかな。

 

触れ合う機会が性的なことに限られているからこそそれを特別視しすぎて畏れている人が多いような。これは特に男をみてて思う。

 

 

愛や生殖や欲望やさみしさや好奇心や情や快楽やうらみやその他もろもろごたまぜで、贅沢なコミュニケーションをとりたいけどなあ、個人的には。

そういう、わけがわからないものだと思うし人間自体。

まぜこぜどろどろずるずる。

 

 

でもまあ、からだだけ、のほうがより純粋だって考えもあるかもね。

どうぶつのように。

 

でもまあ、私はそんなつまんないの、御免だわ。

せっかく人間だから。

人生にひとさじの刺激

今週のお題「秋の準備」

 

 

はじめてお題に沿って書いてみる。

このあいだこれからのからだの冷える時期に向けて、チャイシロップを作った。

 

【材料(てきとう)】

 ・紅茶茶葉・・・たくさん

 ・シナモン・・・1本

 ・カルダモン・・・2~3個

 ・クローブ・・・2~3個

 ・黒胡椒・・・2~3個

 ・グラニュー糖・・・たくさん

 

【つくりかた(てきとう)】

 鍋で水を沸騰させて、グラニュー糖以外の材料を入れてしばらく煮る。

 それを漉してからグラニュー糖を投入。

 ひと煮立ちさせて保存。

 飲むとき牛乳で割る。

 

 

(てきとうすぎて今回甘くなりすぎたし。お茶の味と香りが薄かったし。老舗の鰻のたれ方式で継ぎ足してやろうと思います。)

 

 

冷え性なので秋冬はスパイシーものが欠かせません。

まあ季節を問わず香辛料やハーブ、薬味の類を溺愛している私なのですが・・・。

スパイスは好みでもっと増やしても良い。あったまる。

 

 

もう少し秋が深くなったら、生姜シロップをつくるよ。

そして本格的な冬が来る前に、蜂蜜大根をつくるよ。

 

わくわく。

生きて死んだ

CharaのCAROLというアルバムの最終の曲「CAROL」が好きすぎて結婚パーティーの入場はこの曲だなと数年前から思っている。

もちろん予定は皆無。

 

 

で、この曲のギターがとてもとても好きなのでギタリストを調べてみたら鳥山雄司さんというすごいキャリアのある方だったのね。

Youtubeのぞいてたらご本人名義のインストも、聴いたことある曲たくさんありました。

宇多田ヒカルの曲でもギター弾いてらしたのかあ。

 

しかしこれ結婚なんて予定ないからお葬式で流してもらうのもいいな。

かなしいせつない感じもあるし、祝福の感じもあるしな。

マッチ売りの少女のラスト的な不幸も幸福ももはや良くわからない感じね・・・。

うん、CAROLてタイトルなぐらいだしな。いいかも。

 

あと50年は生きたい私ですが、遺書はそろそろ書こうかなと思っているのでした☆

のろい

第2回 映画にみる文化系女子の自意識 | 青弓社

この記事がとてもおもしろかった。

とても身につまされた。

 

 

 

20代の私は、これから社会で生きていくためには自意識や感受性を閉じ込めていかなければいけないと思いながらやってきた。

自分は芸術家ではないし、どんな趣味嗜好の人ともある程度うまくやっていく必要があると思った。

それに思春期でもないのに他人を洋服や音楽やその他のセンスみたいなもので分類したり判断したりするのはバカみたいだと考えた。

この考えはべつに今でも大きく変わってはいないけれど。

 

で、20代の頃は具体的にどうしてたかっていうと、まず、おしゃれをあまりしなかった。

あまり、というのは「あいつダサい」と思われるのは嫌だったのでダサいと思われない程度の服装をしていた(この時点で自意識があれですねw)。

若いし、シンプルで清潔感があれば何とかなった。デニムとカットソーとか、Vネックニットとか、そんな感じ。

髪は基本的にいつもひっつめていて美容院にはたまにしか行かなかった。

26歳のときに出会って今では親友の女子に、「シュシュとかバレッタとかヘアアクセサリー1個も持ってない」って言ったら本気で驚かれて変人扱いされた。

こう書くと着飾ることに興味のないタイプのふつうの人だけど、実際の私は着飾ることにとても興味のあるタイプの人間なので、今考えると相当極端だなあと思う。

 

あとは音楽をあまり聴かなかった。

10代の頃は音楽が心の拠り所の田舎によくいるロキノン少女だったのに。

ど田舎で触れられる文化的なもの、当時は音楽と本しかなかった。

20代でももちろん少しは聴いていたけどなんとなくハマらないように気をつけていた。

 

本はたくさん読んだけど、小説の類はあまり読まないようにして新書や実用書ばっかり読んだ。

 

なんていうかとにかく感性とか感受性みたいなものを研ぎ澄まさないようにしてたなあ、と思う。

できるだけ鈍くなろうとしていた。

 

結局このプロジェクト(ってほど意識的ではなかったけど)は実質破綻した。

たしかに社会生活がスムーズにいく時期もあったのだけど、なんか数年に一度具合が悪くなる。

心身ともに確実に具合が悪くなる。

もちろんこの事だけが原因じゃないんだろうけど。

 

結局何か自分の一部分を閉じ込めてしまって、表面的な部分だけでいくら褒められても認められても人は満たされないのかも。

私の場合は芸術的な感性については、物心ついたときからのコンプレックスでもあるので。

 

去年30歳をむかえたあたりからまた心身ともに調子を崩してしまって、考えて考えて、自分にかけたのろいをとくことにした。

 

今はとても嬉しい。

よろい

現在無職の私は次の仕事についてまあそりゃ日々考えている。

で、このエントリーをみた。

OL服を着るということ

 

簡単に言うと、OLの制服を着なくてはいけない会社を避けて就活し、希望の会社で私服で働いてきたのに合併か何かによって制服着用の勤務になった。嫌だ。という話。

 

 

 

私も前職は制服着用の職場であった。

事務員さん~、って感じのよくあるブラウスとスカートの制服。

そしてとても嫌だった。

 

確かに学生時代から制服的なもの、もっと言えば校則的なものは苦手だったけど、会社内で着させられる制服は不愉快さの次元が違った。

アルバイトで販売やサービスをしていた時分の制服は特に何とも思わなかった。接客用では制服が必要なのは理解できる。

 

前職では一応経理担当だったのだけど、小さい会社だったので来客対応をすることなども多く、特に年配の方からは「事務員のお嬢さん」扱いされることが非常に、ほんとうに非常に多かった。(注・田舎)

はっきりいって見下してくる人間はたくさんいた。制服を着た事務員イコールたいした仕事をしていない人間、判断する人はたくさんいるんだなあと思っていた。

ただ幸いなことに社長は営業や現場至上主義ではなく、事務処理や会計処理を非常に重視している方だったので社内ではそういった扱いはなかった。これは良かった。

 

 

もうひとつ、制服着用が嫌な理由はその日のコンディションや気分、仕事内容に合わせて、着るものを調整できないことにある。

男性は制服楽でいいじゃんと思う人が多いみたいだし(ブコメにもそんな意見が散見されるな~)、女性も制服無いと困るわーっていう方もわりといるのだけど、私は毎日同じ服を着るとはっきりいって気分が沈むし、落ち込んだときなんかは外見からテンションを上げていきたいタイプなので私服のほうが圧倒的に楽だと思う。

 

自意識を、決められた形の容れモノに無理矢理押し込んでも良い事無いと思うんだよなあ。

ああ、でも人によるのかな。

勤続年数の長いおばさまたちは何でも決められているほうが快適そうな人が多かったな、仕事内容にしろ、制服にしろ。やる気はすこぶる無いが決められた時間の間、自分の仕事だと認識している業務に関しては、とても真面目に働く方々。

 

 

とりあえず私は洋服好きだから。単純に着飾る意味だけじゃなく、服で武装するんです。

これは比喩じゃなく、本気で精神面の武装をしている。

ダサいOL服を着た自分は丸腰の武士そのもの。とてもこまる。

 

 

 

こんな理由で

次は絶対に私服(私物スーツはもちろんOK)で勤務できる仕事を探すと決めてます。

 

馬鹿みたいと思う人も多いでしょうけど、自分にとってはかなり重要事項なので転職活動始めてから惑わないように、記しておく。

 

元エントリーの方はどうするのかな。気にせず慣れるようにするにせよ、私服勤務できるようにかけあうにせよ、辞めるにせよお互い頑張りましょう、てな気持ちです。

盆踊りロードサイド島

NHKのあさイチで大分県の姫島というところの特集をしていた。

50種類とかの盆踊りがあるらしくて、小学生までの子供が踊る「きつね踊り」がかわいかった。

 

私、土着の踊りとか昔話とか祭りとかになぜか弱くて、興奮する。

小学校の図書室でも郷土史読んでた。

民俗学みたいなのにも興味があったので昔柳田邦夫読んでみたけど、遠野物語なんかは東北の話でいまいちピンとこなかった。

どうも日本であれば関西以西にしか興味を引かれず、あとは島とか。沖縄以南、台湾とか、もっと向こう、東南アジアとかには引かれる。南国バンザイ。海洋バンザイ。

これは趣味嗜好のはなし。

なにか良い本あったら読みたいな。

 

 

それであさイチ見ていて思った話に戻るけど、ロードサイド論みたいなのね、あるけど。田舎の均質化とかの話。国道沿いの景色がどこの道府県に行っても同じ、みたいな。イオンとマックとツタヤとガスト、みたいな。

 

確かに旅行に行くと思うよ。どこに行ってもうちの近所みたい、って。

 

でもそれは車やバスに乗ってるときに思うことで、そりゃ旅行だと道わかんないし国道とかバイパスとか幹線道路ばっかり通るから。

幹線道路を外れたら多様性なんて異様なほど残ってる。

我が家は国道から300mくらいしか離れてないけど、ロードサイドと関係の無い部分の生活がかなりの割合で、残ってる。

 

さらに離島に行けばなおの事。

瀬戸内の島々で開催されている瀬戸内国際芸術祭がウケてるのも均一化された世界じゃないところを求めている人が一定数いるからじゃないか。(と先日ある島に行って思った。)

 

うん今のところはまだ大丈夫。でもこれから更に高齢化して、経済も沈んで荒廃していったらどうなるかわからない。お金がなくなったらどうなるかわからない。



多様性は残ってほしい。

萌えるし。私が。