のろい

第2回 映画にみる文化系女子の自意識 | 青弓社

この記事がとてもおもしろかった。

とても身につまされた。

 

 

 

20代の私は、これから社会で生きていくためには自意識や感受性を閉じ込めていかなければいけないと思いながらやってきた。

自分は芸術家ではないし、どんな趣味嗜好の人ともある程度うまくやっていく必要があると思った。

それに思春期でもないのに他人を洋服や音楽やその他のセンスみたいなもので分類したり判断したりするのはバカみたいだと考えた。

この考えはべつに今でも大きく変わってはいないけれど。

 

で、20代の頃は具体的にどうしてたかっていうと、まず、おしゃれをあまりしなかった。

あまり、というのは「あいつダサい」と思われるのは嫌だったのでダサいと思われない程度の服装をしていた(この時点で自意識があれですねw)。

若いし、シンプルで清潔感があれば何とかなった。デニムとカットソーとか、Vネックニットとか、そんな感じ。

髪は基本的にいつもひっつめていて美容院にはたまにしか行かなかった。

26歳のときに出会って今では親友の女子に、「シュシュとかバレッタとかヘアアクセサリー1個も持ってない」って言ったら本気で驚かれて変人扱いされた。

こう書くと着飾ることに興味のないタイプのふつうの人だけど、実際の私は着飾ることにとても興味のあるタイプの人間なので、今考えると相当極端だなあと思う。

 

あとは音楽をあまり聴かなかった。

10代の頃は音楽が心の拠り所の田舎によくいるロキノン少女だったのに。

ど田舎で触れられる文化的なもの、当時は音楽と本しかなかった。

20代でももちろん少しは聴いていたけどなんとなくハマらないように気をつけていた。

 

本はたくさん読んだけど、小説の類はあまり読まないようにして新書や実用書ばっかり読んだ。

 

なんていうかとにかく感性とか感受性みたいなものを研ぎ澄まさないようにしてたなあ、と思う。

できるだけ鈍くなろうとしていた。

 

結局このプロジェクト(ってほど意識的ではなかったけど)は実質破綻した。

たしかに社会生活がスムーズにいく時期もあったのだけど、なんか数年に一度具合が悪くなる。

心身ともに確実に具合が悪くなる。

もちろんこの事だけが原因じゃないんだろうけど。

 

結局何か自分の一部分を閉じ込めてしまって、表面的な部分だけでいくら褒められても認められても人は満たされないのかも。

私の場合は芸術的な感性については、物心ついたときからのコンプレックスでもあるので。

 

去年30歳をむかえたあたりからまた心身ともに調子を崩してしまって、考えて考えて、自分にかけたのろいをとくことにした。

 

今はとても嬉しい。